「うわー!!」
真夜中の病院に響くには、余りにも恐ろしい断末魔のような叫び声が病室のすみのベットからあがった。驚いたのは同じ病室で寝ていた私達である。みんなが、ばっとベットから飛び起きた。「どうしたー!」と私のとなりのベットの人が、声を発した土屋さん(仮名)に向かって声をかける 今まで夜の闇の中だった病室に、光々と電気の明かりがつく。付き添いの奥さん(もう60近いと思うが)は、わけがわからずおろおろするばかり。ぴりぴりした空気が、病室に漂う。すぐに看護婦が飛んできて、さらに緊迫感を強める。だが、とうの彼は何もなかったかのようにおとなしくなっている。なーんだ、ねぼけたんじゃないか、と早とちりしないでもらいたい。つまり、彼の病気はそういう病気なのだ。
あるときには、いきなり彼がベットの上に立ち上がった。もちろん、はっきり意識があるわけではない。あ、危ない、とみんなが思った瞬間、まるで丸太が倒れるように体を真っ直ぐにしたまま、ベットの横にずどーん・・・ 。この時も床が揺れんばかりのすごい音。怪我がなかったからよかったようなものの、同じ病室にいる者達は、彼のこの騒ぎにずいぶん悩まされたものだった。
血液と腎臓の専門の病棟にどうしてそんな人が入院しているかって?ところが、面白いことに、西病棟の最上階である七階の、私がいた五号室に、二床だけ神経内科のベットがあったのである。広い大学病院の中で、たった二つしかベットのない、それが神経内科なのである。では、どんな人がそこに入院するかというと、原因のよくわからない病気の人、まだ難病指定さえされていないような病気の人、なのである(多分)。しかし、入院患者の目からみれば、研究用に設けられたベットにすぎない、という印象がぬぐえない。この神経内科に入院した人は、されるだけの検査をされたら、それで退院。決して治療してはもらえないのだ。もちろん、入院してくる人達はそんなことは少しも知らない。
ある中華料理屋を経営していたまだ30代前半の人は、筋肉が萎縮していき、最後には動かなくなってしまうという病気だったが、一通りの検査をされたら治療も受けずに退院していった。このまま動けなくなっていくのを待つのは辛い、と言いながら・・・。
また、手の皮膚に異常な染みができてしまうおじいさんは、やはり一通りの検査をされたら、病気についてなんの説明もなく、あとは自宅近くの病院でと言われて、「近くの病院じゃ治らなかったから、大学病院に来たんじゃねぇか!こんな馬鹿な話があるか!すこしぐらいどんな病気か説明してもよさそうなもんだ!。」と今にも訴えてやる、という様な剣幕で退院していった。
こんな調子だから、神経内科に入院する患者は入院、退院のサイクルが極端に短い。どんどん患者が入れ変わっていく。私のように入院が長くなってくると、ああまたかと取り立てて驚かないが、どうにか病気を治そうと思って来られた人達にとってはたまったもんじゃないだろう。もちろん、病院の方にだってそれなりの理由はあるんだろう。もっとベットがあれば気の済むまで治療してやるさ、とか、病気を調べるためには仕方がない、などとDr.達も心では思ってるのだろう。それに、今は有効な治療がない病気だったら、どんな名医でも治すことはできないのだし・・・。
さて、土屋さんであるが、彼の病気はどんどん進行していき、今はほとんど意識、いや、彼の場合は体はよく動くし、力もあるのだから、普通の意識がないのと少し違うが、とにかく付き添っている奥さんとも意思の疎通が出来なくなってしまった。そんなある日、一人の助教授らしき人が土屋さんの奥さんのところにやってきた。
「今度、学生達の前に御主人と一緒に出てくれませんか。その時に、御主人の様子がどんなふうに変わってきたか、説明してもらいたいんですが。」
いかにも純朴で田舎のお婆ちゃんという感じの奥さんが、依頼というよりもそうしなければならないといった口調で言われたら、断われるはずもない。多くの学生達の前で、ベットの上で寝たままの御主人を前にして、話さなければならない奥さんの気持ちは、どんなものだったのだろう。
多分土屋さんの病気は、とても珍しい、まだ誰も有効な治療法を確立していない病気だったのだろう。だから、病院側としても色々な検査や治療をして、そして学生達にも勉強のために見させてあげたかったのだろう。あまり治療のされることのない神経内科で、まがりなりにも治療してもらえるのだから、それはそれでいいじゃないかといわれれば、それはそうかもしれない・・・ 。でも、何か欠けてるんじゃないだろうか・・・。
主はその生涯の中で、多くの人を癒されたが、ただ病気を治されただけではなかった。現代の医学がともすると忘れがちなものを、主のお姿を見るときに思い起こさせられる。
『イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。
「わたしの心だ。きよくなれ。」』 (マルコの福音書1:41)
2013年11月1日金曜日
ああ間違い・No.12/2008.3.11
私が以前勤めていた某キリスト教宣教師のための日本語学校で、宣教師の方たちが日本語学校や教会や日本人と話しているときに間違えて使ってしまった日本語を集めてみました。えっ? 宣教師に失礼ですって?でも、その宣教師の方たちに作るように勧められたんですけど・・・。ホームページ時代の人気コーナーがブログで復活です。
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『病んでいる田中さんを炭焼きにしてください。』
やっぱり炭焼きなら、備長炭でしょう。遠火の強火でね。
ちがーーーう! 「す・み・や・か・に・い・や・し・て・く・だ・さ・い!!!」
これは宣教師の方が授業中に、祈りの例文を間違えてこう言ってしまったのです。
その例文とは「病んでいる田中さんを速やかに癒してください。」
ここまでいくと芸術的ですな…。
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『病んでいる田中さんを炭焼きにしてください。』
やっぱり炭焼きなら、備長炭でしょう。遠火の強火でね。
ちがーーーう! 「す・み・や・か・に・い・や・し・て・く・だ・さ・い!!!」
これは宣教師の方が授業中に、祈りの例文を間違えてこう言ってしまったのです。
その例文とは「病んでいる田中さんを速やかに癒してください。」
ここまでいくと芸術的ですな…。
第16話 御香木のお話し/2008.3.6
「むかしむかし、あるところに それはそれは美しいお姫さまがいました。」
こうして彼女の話が始まった。治療で風呂に入れなかった私が、ケア・ルームで看護婦さんの市川さんに体を拭いてもらっていた時のことだ。彼女はなかなかの美人で、隣のベットの清水さんに言わせると、病棟で1,2を争うほどである。その彼女がふと何を思ったか、体を拭きながら
「御香木の話し、知ってる?」と聞いてきた。
知ってるも何も、こっちは“御香木”がなんだかすら分からない。
「御香木は良い香りのする木のことでしょう。」と、
まるでそんなことも知らないのという笑いとともに、彼女は話し始めた。もちろんそこはプロ、しっかり体を拭きながらである。
『それはそれは美しいお姫様でしたから、たくさんの人が彼女を恋い慕っていました。
その中でも、彼女のことを思うと夜も眠れないほど彼女を慕っている1人の青年がいました。
彼女の姿を宮廷で見かけるだけで、彼の心は張り裂けんばかりにときめくのです。
そんなある日のこと。
大好きなお姫様が「かわや」へ行くのを見かけた彼は大きなショックを受けました。あんなに美しいお姫様が“かわや ”に行くなんて・・・。彼は美しいお姫様は“かわや”などには行かない、と心底思っていたのです。
しばらくショックから立ち直れなかった彼ですが、流行りの歌のように♪時の流れに身をまかせ~♪ているうちにそ のショックから抜け出したのでありました。まったく人間の心とは、いかに都合良く・・・いやいや良くできているか と 感心させられることしばしであります。
さて、ショックから立ち直った彼は、一つの疑問を持ちます。
「美しいお姫様は、普通の人と同じように“かわや”で用を足すのだろうか?・・・。」
ある日彼は決心します。お姫様が“かわや”から出ていった後に、そっとその“かわや”に忍び込みました。
当時の“かわや”には、広い部屋に用を足すための箱が置かれているだけのものでした。
彼は高鳴る胸を必死に押えながら、そっと箱のふたを開けたのです。
すると、そこには 良い香りのする一本の御香木が入っていました。』
とまあ、こんな話である。多少筆者が修飾したが・・・。 とにかく、彼女は突然御香木の話をしたのである。
「それで?」
と私は素直に聞いたが、彼女はせっかく話してあげたのに、この話の良さが分からないのかしら、と言う口調で、
「だから、美しい人は違うの!!」と一言。
落ち込みがちな入院患者を励まそうと思って話してくれたのか(それならもっと他の話しもあると思うが・・・)、それとも自分が好きな話をわざわざ打ち明けてくれたのか、まさか自分がその美しいお姫様だって言いたいんじゃ・・・。とにかく、どうも彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。こんなことになるんなら、もっと素直に喜んでおけばよかった。彼女も彼女で、突然そんなことを話したのを少し恥じらっているようだ。
こんなときは面白いもんで、本来は看護するものと看護されるものという立場であるのだが、そんな境がふっと消える。それからは2人とも、照れくさそうに笑っていたとさ。
しばらくして市川さんは結婚をした。クラシック音楽の活動などにも参加していた彼女のことだから、相手も芸術的なことが好きで、ロマンティックな、そう、例えば御香木の話しなども「それで?」などと聞くような、野暮な人ではなかったのだろう。
めでたし、めでたし。
こうして彼女の話が始まった。治療で風呂に入れなかった私が、ケア・ルームで看護婦さんの市川さんに体を拭いてもらっていた時のことだ。彼女はなかなかの美人で、隣のベットの清水さんに言わせると、病棟で1,2を争うほどである。その彼女がふと何を思ったか、体を拭きながら
「御香木の話し、知ってる?」と聞いてきた。
知ってるも何も、こっちは“御香木”がなんだかすら分からない。
「御香木は良い香りのする木のことでしょう。」と、
まるでそんなことも知らないのという笑いとともに、彼女は話し始めた。もちろんそこはプロ、しっかり体を拭きながらである。
『それはそれは美しいお姫様でしたから、たくさんの人が彼女を恋い慕っていました。
その中でも、彼女のことを思うと夜も眠れないほど彼女を慕っている1人の青年がいました。
彼女の姿を宮廷で見かけるだけで、彼の心は張り裂けんばかりにときめくのです。
そんなある日のこと。
大好きなお姫様が「かわや」へ行くのを見かけた彼は大きなショックを受けました。あんなに美しいお姫様が“かわや ”に行くなんて・・・。彼は美しいお姫様は“かわや”などには行かない、と心底思っていたのです。
しばらくショックから立ち直れなかった彼ですが、流行りの歌のように♪時の流れに身をまかせ~♪ているうちにそ のショックから抜け出したのでありました。まったく人間の心とは、いかに都合良く・・・いやいや良くできているか と 感心させられることしばしであります。
さて、ショックから立ち直った彼は、一つの疑問を持ちます。
「美しいお姫様は、普通の人と同じように“かわや”で用を足すのだろうか?・・・。」
ある日彼は決心します。お姫様が“かわや”から出ていった後に、そっとその“かわや”に忍び込みました。
当時の“かわや”には、広い部屋に用を足すための箱が置かれているだけのものでした。
彼は高鳴る胸を必死に押えながら、そっと箱のふたを開けたのです。
すると、そこには 良い香りのする一本の御香木が入っていました。』
とまあ、こんな話である。多少筆者が修飾したが・・・。 とにかく、彼女は突然御香木の話をしたのである。
「それで?」
と私は素直に聞いたが、彼女はせっかく話してあげたのに、この話の良さが分からないのかしら、と言う口調で、
「だから、美しい人は違うの!!」と一言。
落ち込みがちな入院患者を励まそうと思って話してくれたのか(それならもっと他の話しもあると思うが・・・)、それとも自分が好きな話をわざわざ打ち明けてくれたのか、まさか自分がその美しいお姫様だって言いたいんじゃ・・・。とにかく、どうも彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。こんなことになるんなら、もっと素直に喜んでおけばよかった。彼女も彼女で、突然そんなことを話したのを少し恥じらっているようだ。
こんなときは面白いもんで、本来は看護するものと看護されるものという立場であるのだが、そんな境がふっと消える。それからは2人とも、照れくさそうに笑っていたとさ。
しばらくして市川さんは結婚をした。クラシック音楽の活動などにも参加していた彼女のことだから、相手も芸術的なことが好きで、ロマンティックな、そう、例えば御香木の話しなども「それで?」などと聞くような、野暮な人ではなかったのだろう。
めでたし、めでたし。
ああ間違い・No.11/2008.2.14
私が以前勤めていた某キリスト教宣教師のための日本語学校で、宣教師の方たちが日本語学校や教会や日本人と話しているときに間違えて使ってしまった日本語を集めてみました。えっ? 宣教師に失礼ですって?でも、その宣教師の方たちに作るように勧められたんですけど・・・。ホームページ時代の人気コーナーがブログで復活です。
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『堅い集会をしましょう!』
え、堅い集会ですか・・・。おもしろい話しとか、ジョークはいっさいなしで・・。
もしかして、神学の問題について話し合ったり、ギリシャ語本文の研究をしたりとか・・・?
え、家庭集会?
※個人の家庭を解放して、聖書の学びをしたりするのを業界用語で家庭集会と言います。
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『堅い集会をしましょう!』
え、堅い集会ですか・・・。おもしろい話しとか、ジョークはいっさいなしで・・。
もしかして、神学の問題について話し合ったり、ギリシャ語本文の研究をしたりとか・・・?
え、家庭集会?
※個人の家庭を解放して、聖書の学びをしたりするのを業界用語で家庭集会と言います。
I love youから始めよう/2008.2.10
最近はいくつものブログを購読しているが、この記事はなかなか素晴らしいと思う。ちょっと引用すると、
『科学とは、「HOW(どのようにして)」ということを探求するものであるのに対して、聖書の創造の記述が私たちに語っているのは「WHO, WHAT, WHY(誰が、何を、なぜ)」である。』
『第一ペテロ3:15には「あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい」とあるので、私は創造に関することなども、説明を求める人がいたらちゃんと弁明できないといけないと思っていた。しかしここでペテロが言っているのは、「あなたがたのうちにある希望について」なのだ!』
アドレスを貼り付けておくので、ぜひご一読されたい。
http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20070924
『科学とは、「HOW(どのようにして)」ということを探求するものであるのに対して、聖書の創造の記述が私たちに語っているのは「WHO, WHAT, WHY(誰が、何を、なぜ)」である。』
『第一ペテロ3:15には「あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい」とあるので、私は創造に関することなども、説明を求める人がいたらちゃんと弁明できないといけないと思っていた。しかしここでペテロが言っているのは、「あなたがたのうちにある希望について」なのだ!』
アドレスを貼り付けておくので、ぜひご一読されたい。
http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20070924
唇よ、熱く君を語れ/2008.2.5
セールスをする場合、セールスポイントが何であるかはっきりしていればいるほど、その点を強調してセールスできる。例えば、安いとか丈夫などというように。またこの品物を購入してここが良かったという口コミも今の時代大きな商品価値になるだろう。
ではこう質問されてクリスチャンのあなたは何と答えるだろう?「あなたがクリスチャンになってここが良かった。クリスチャンである素晴らしさはこれだ!、という点を挙げてください。」
ここでの答えが、その人のクリスチャンとしてのセールスポイントになるものだ。「あー、それなら私もクリスチャンになりたい」と思えるような答えだろうか。それとも「それなら別に必要ないや」と思われるような答えだろうか。
自分の答えを客観的に評価し、果たして本当に魅力的なものなのかどうかを検討する必要があるだろう。なぜならその人の評価以上の信仰生活は望めないのだから。そしてこの点を明確にしなければ、セールスポイントもぼやけてしまって、何を伝えたいのかがわかりにくくなるだろう。
私たちの旗印は明らかだろうか?クリスチャンになって、ここが素晴らしい!と熱く語れるだろうか?
ではこう質問されてクリスチャンのあなたは何と答えるだろう?「あなたがクリスチャンになってここが良かった。クリスチャンである素晴らしさはこれだ!、という点を挙げてください。」
ここでの答えが、その人のクリスチャンとしてのセールスポイントになるものだ。「あー、それなら私もクリスチャンになりたい」と思えるような答えだろうか。それとも「それなら別に必要ないや」と思われるような答えだろうか。
自分の答えを客観的に評価し、果たして本当に魅力的なものなのかどうかを検討する必要があるだろう。なぜならその人の評価以上の信仰生活は望めないのだから。そしてこの点を明確にしなければ、セールスポイントもぼやけてしまって、何を伝えたいのかがわかりにくくなるだろう。
私たちの旗印は明らかだろうか?クリスチャンになって、ここが素晴らしい!と熱く語れるだろうか?
第15話 学生小島/2008.1.28
「これから一週間、お世話をさせていただきます。学生の小島です。」
彼女はそう言って微笑んだ。大学病院では、看護学生の実習として付属の看護学校の三年生がやってくる。三年生は最上級生であるから、実際の現場に出て、本物の患者さんと接し、より実際的な経験を積み、卒業に備えるわけである。とくに私のような病気の患者は、格好の対象らしく、私自身も大学病院にいる間何人もの看護学生さんに身の回りをお世話してもらった。いやお世話させてあげたと言ったほうが正しいとは思うのだが・・・。
なにしろこの看護学生と言うのがくせもので、注射をさせようとすれば腕はぶるぶるふるえるわ、ちょっと痛い検査に立ち会ったりすれば、顔をゆがめて患者を不安におとしいれるわとなかなかに手強い。
さて、今回私の担当になった小島さんは、そんな不安を与えるような人ではなく、看護も堂々としていて、こちらも安心して任せておくことができる。おまけに飛び切りの美人ときている。どのぐらい美人だったかというと、同室の高橋君が一目惚れしてしまい、隣のベットの清水さんは
「あれ可愛いねぇ。」
と溜め息をもらしたほどの美人である。
もちろん私だってそんな美人に看護してもらって悪い気がするはずもない。沈みがちな病院生活に突如として見目麗しい白衣の天使が舞い降りてきたのだ。いつもは早く退院したいと思っているくせに、こんなときには入院していて良かったとすら思うのだから、全くもって始末におえない。
もとい。それから数日間、看護を受けながら小島さんと色々なことを話した。私がクリスチャンだということも、彼女が私と同じぐらいの弟がいること、どうして看護婦になろうとしたのかなど、話題がつきることはなかった。
そんなある日、私が歯科の検診に出かけることになった。私の病棟は七階、歯科は二階である。私を車椅子に乗せて、小島さんがエレベーターに乗り込む。二階に着いてエレベーターを降りると、そこから長い廊下が続いている。秋から冬へと変わり始めているひざしの中を小島さんが押す車椅子がゆっくりと進んでいく。二人ともいつ終わるともない長い廊下の先の方を見ながら、しばらく雑談をしていたが、ふと話が一瞬途絶えた。
とその時、小島さんが
「多胡君がこんなふうに病気になっても、明るさを持っていられるのは、
やっぱり多胡君がクリスチャンだからかな・・・ ・。」
と普段の明るい声で、しかしはっきり何かを感じさせる言い方で、私の肩越しに聞いてきた。いきなりの質問にあわを食ってしまったのは私のほうである。
「えっ・・・・。」
とほんの一瞬 間をあけてしまった。
自分がクリスチャンだから明るいって?クリスチャンだからこんな状態でもいられるって?はたして本当にそうなのだろうか。今までそんなこと考えたこともなかったな・・・。いや、クリスチャンだから明るいっていうのは間違いじゃないぞ、うん。クリスチャンがどんな困難に置かれても平安があるっていう証しもたくさん聞いた。でも、自分はどうなんだろう。こういうときに限って、あ あのときのあの罪、あ あのときはあんなことをしてしまったなぁ・・・なんてことばかり思い出す。それにしても、車椅子の肩越しなんて、ずるいなぁ・・何てったって顔が見えないんだもの。相手の反応がわかりゃしない・・・。
「うん、でも自分はいい加減なクリスチャンだから・・・。
私なんかよりちゃんとしてるクリスチャンの人はたくさんいるし・・・。」
なんと情けない、これが私が小島さんに言った答えであった。そうです!私はクリスチャンだから、このような状況でも喜んでいられるんですよ、と胸を張って言えなかったのである。こんなふうにしか言えなかった経験のある人は少ないだろうと思うが、半分は本当に自分のいい加減さを思い、そしてもう半分は自分がそんなふうに見られていることが本当に主の力かどうかはっきり分からなかったというのが正直なところだ。いやもしかするとただ責任逃れをしたかったのかも知れないな。とにかく私は小島さんの問いに対する答えを持っていなかった。
私に目を留めないで、主に目を向けてくださいとはよく聞く言葉である。しかし私を見て、私のうちにおられる主を見てくださいと言えなければだめだと言う言葉も聞く。どちらももっともな意見であり、本質的には違いがないと思うのだが、なかなかそのバランスをとっていくのは難しいことだと思う。もっとも私のように自分を見てしまっていたのではそれ以前の問題だけれど・・・。
一週間の研修が終わり、小島さんも他の病棟に移っていくことになった。最後に小島さんが
「日常生活について 学生小島」と題した手作りのノートをくれた。そこには十数項目に及ぶ日常生活における注意が書いてあり、そして最後にこう書いてあった。
「以上のようなことに気を付ければ、あとは普通に生活ができます。
多胡君スマイルで元気いっぱいです!」
・・・なんだかずいぶん色々なことを考えさせてもらった小島さんとの出会いであった。
彼女はそう言って微笑んだ。大学病院では、看護学生の実習として付属の看護学校の三年生がやってくる。三年生は最上級生であるから、実際の現場に出て、本物の患者さんと接し、より実際的な経験を積み、卒業に備えるわけである。とくに私のような病気の患者は、格好の対象らしく、私自身も大学病院にいる間何人もの看護学生さんに身の回りをお世話してもらった。いやお世話させてあげたと言ったほうが正しいとは思うのだが・・・。
なにしろこの看護学生と言うのがくせもので、注射をさせようとすれば腕はぶるぶるふるえるわ、ちょっと痛い検査に立ち会ったりすれば、顔をゆがめて患者を不安におとしいれるわとなかなかに手強い。
さて、今回私の担当になった小島さんは、そんな不安を与えるような人ではなく、看護も堂々としていて、こちらも安心して任せておくことができる。おまけに飛び切りの美人ときている。どのぐらい美人だったかというと、同室の高橋君が一目惚れしてしまい、隣のベットの清水さんは
「あれ可愛いねぇ。」
と溜め息をもらしたほどの美人である。
もちろん私だってそんな美人に看護してもらって悪い気がするはずもない。沈みがちな病院生活に突如として見目麗しい白衣の天使が舞い降りてきたのだ。いつもは早く退院したいと思っているくせに、こんなときには入院していて良かったとすら思うのだから、全くもって始末におえない。
もとい。それから数日間、看護を受けながら小島さんと色々なことを話した。私がクリスチャンだということも、彼女が私と同じぐらいの弟がいること、どうして看護婦になろうとしたのかなど、話題がつきることはなかった。
そんなある日、私が歯科の検診に出かけることになった。私の病棟は七階、歯科は二階である。私を車椅子に乗せて、小島さんがエレベーターに乗り込む。二階に着いてエレベーターを降りると、そこから長い廊下が続いている。秋から冬へと変わり始めているひざしの中を小島さんが押す車椅子がゆっくりと進んでいく。二人ともいつ終わるともない長い廊下の先の方を見ながら、しばらく雑談をしていたが、ふと話が一瞬途絶えた。
とその時、小島さんが
「多胡君がこんなふうに病気になっても、明るさを持っていられるのは、
やっぱり多胡君がクリスチャンだからかな・・・ ・。」
と普段の明るい声で、しかしはっきり何かを感じさせる言い方で、私の肩越しに聞いてきた。いきなりの質問にあわを食ってしまったのは私のほうである。
「えっ・・・・。」
とほんの一瞬 間をあけてしまった。
自分がクリスチャンだから明るいって?クリスチャンだからこんな状態でもいられるって?はたして本当にそうなのだろうか。今までそんなこと考えたこともなかったな・・・。いや、クリスチャンだから明るいっていうのは間違いじゃないぞ、うん。クリスチャンがどんな困難に置かれても平安があるっていう証しもたくさん聞いた。でも、自分はどうなんだろう。こういうときに限って、あ あのときのあの罪、あ あのときはあんなことをしてしまったなぁ・・・なんてことばかり思い出す。それにしても、車椅子の肩越しなんて、ずるいなぁ・・何てったって顔が見えないんだもの。相手の反応がわかりゃしない・・・。
「うん、でも自分はいい加減なクリスチャンだから・・・。
私なんかよりちゃんとしてるクリスチャンの人はたくさんいるし・・・。」
なんと情けない、これが私が小島さんに言った答えであった。そうです!私はクリスチャンだから、このような状況でも喜んでいられるんですよ、と胸を張って言えなかったのである。こんなふうにしか言えなかった経験のある人は少ないだろうと思うが、半分は本当に自分のいい加減さを思い、そしてもう半分は自分がそんなふうに見られていることが本当に主の力かどうかはっきり分からなかったというのが正直なところだ。いやもしかするとただ責任逃れをしたかったのかも知れないな。とにかく私は小島さんの問いに対する答えを持っていなかった。
私に目を留めないで、主に目を向けてくださいとはよく聞く言葉である。しかし私を見て、私のうちにおられる主を見てくださいと言えなければだめだと言う言葉も聞く。どちらももっともな意見であり、本質的には違いがないと思うのだが、なかなかそのバランスをとっていくのは難しいことだと思う。もっとも私のように自分を見てしまっていたのではそれ以前の問題だけれど・・・。
一週間の研修が終わり、小島さんも他の病棟に移っていくことになった。最後に小島さんが
「日常生活について 学生小島」と題した手作りのノートをくれた。そこには十数項目に及ぶ日常生活における注意が書いてあり、そして最後にこう書いてあった。
「以上のようなことに気を付ければ、あとは普通に生活ができます。
多胡君スマイルで元気いっぱいです!」
・・・なんだかずいぶん色々なことを考えさせてもらった小島さんとの出会いであった。
ああ間違い・No.10
私が以前勤めていた某キリスト教宣教師のための日本語学校で、宣教師の方たちが日本語学校や教会や日本人と話しているときに間違えて使ってしまった日本語を集めてみました。えっ? 宣教師に失礼ですって?でも、その宣教師の方たちに作るように勧められたんですけど・・・。ホームページ時代の人気コーナーがブログで復活です。
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『ここで殺してください!』
バスを降りようとした宣教師の方が、運転手の人に向かっていった言葉。
「ここで降ろしてください」が正解。
言われた運転手の人は、さぞびっくりしたことでしょう。
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『ここで殺してください!』
バスを降りようとした宣教師の方が、運転手の人に向かっていった言葉。
「ここで降ろしてください」が正解。
言われた運転手の人は、さぞびっくりしたことでしょう。
第14話 片腕の少年/2008.1.10
私の入院していた西混合病棟七階から、エレベーターで一階まで一気に降りると、そこから大学病院の中で一番長い廊下がのびている。エレベーターを降りると、すぐレストランがあり、ついで外科病棟への入り口がある。それから売店があって、他の病棟に行くバイパスがある。そして、放射線科があり、外来へと続き、おもてに出る。ざっと100メートル以上はあろうかと思われる。
治療と治療のあいまの比較的からだが楽なときに、私はエレベーターを降りてすぐのところにある自動販売機にでかけては、コーヒーを一杯飲むのが好きだった。自動販売機のかたわらにある長椅子にすわって、熱いコーヒーを飲みながら行き交うたくさんの人を見ていると、そこには病室の中にはない人間の動きが感じられた。病室の中と外の世界とでは、全く流れている時間が違う、同じ一つの世界の中にあってどうしてなのだろう。
「ばかやろう。!」
私のそんなセンチメンタルな考えをその声はぶち破った。すわ何事か、と思って声のするほうに目を向けると外科病棟の入り口にある公衆電話からであった。まだ中学生ぐらいだろうか、やせている少年だった。とにかく言葉遣いがひどい。話の様子から見るとどうも家族の、それも両親と話しているようだったが、けんかでもしているようである。内容は彼の両親が今度病院に来るときに持ってきてもらいたいものについての話だったようだが、あれぞ罵声という言葉遣いだった。しかも叫ぶように大きい声で話しているので、回りに響く響く。廊下を行き交う人もなんだこいつは、という目で通っていく。
よく見ると彼には左腕がない。中学生ぐらいで、外科病棟に入院していて、しかも片腕がない。髪の毛も抜けてしまっていて、帽子をかぶっているのは多分薬のせいだ。となれば、おそらく彼の病気は骨肉腫のような病気なのだろう。まだ中学生ぐらいの若さで、思ってもみなかったような病気によって片腕を奪われてしまったその気持ちは、いかばかりのものか・・・。その気持ちが、両親にむかってのあの厳しい、そして激しい言葉になって出ているのだろう。その言葉を聞かれている御両親の気持ちも、これもまた言葉に表わすことのできない切なさであったろう。なぜなら、強く叫ぶようなその声は、こう言っているようにしか聞こえなかった。
「なぜ俺を産んだんだ!なぜ片腕を切り取られなければならないような体に産んだんだ!
何で俺は生まれてきたんだ!」と。
そしてその声は、私に向かってもこう言ってきた。
「神がいるなら、なんで俺はこんなふうに生まれたんだ!」と。
私はその声に対する答えを、そのとき持っていなかった。私だって、他の人から見ればあの少年となんら変わらない状況なのだ。髪の毛は抜け落ち、病気もこれからどうなるかわからない。どうしてそんな痛みを。どうしてこんな苦しみを。
もちろん、今すぐに簡単に答えを出せる質問ではないのかも知れない。すべてのことは天の御国に行かなければ、わからないことだ。もちろん、一人一人の様々な状況にあった対応を神はしてくださるはずだ。ただ今は、一つだけ、彼にこう言えるだろう。それは、生まれてこなければ、私達はキリストに出会うことはなかった、もし生まれなければ、私達は永久にこの素晴らしい御方とめぐりあうことは出来なかったのだ、ということを。
どんなに苦しくても、その状況が理解できない理不尽な痛みに満ちていても、生まれてきたことによって、私達はキリストに出会うことができるようになったのだ。それは、生まれてこないことにくらべたら、御自分の命をかけて、愛してくださる方に、めぐりあえないことに比べたら、素晴らしいことではないだろうか。私たちは生まれたことによって、このお方とめぐりあえるチャンスをいただいたのだから。
あなたにいのちが与えられたのは、愛されている証拠なのだから。
「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。」(聖書 ヨハネ15:9)
この聖書の言葉を覚えてほしい。
神は私達を被造物の最高のものだから、創られたものの中で一番良いものだから愛する、という愛ではなくて、父なる神がイエス・キリストを愛されたように、同じ愛で愛してくださるのである。
治療と治療のあいまの比較的からだが楽なときに、私はエレベーターを降りてすぐのところにある自動販売機にでかけては、コーヒーを一杯飲むのが好きだった。自動販売機のかたわらにある長椅子にすわって、熱いコーヒーを飲みながら行き交うたくさんの人を見ていると、そこには病室の中にはない人間の動きが感じられた。病室の中と外の世界とでは、全く流れている時間が違う、同じ一つの世界の中にあってどうしてなのだろう。
「ばかやろう。!」
私のそんなセンチメンタルな考えをその声はぶち破った。すわ何事か、と思って声のするほうに目を向けると外科病棟の入り口にある公衆電話からであった。まだ中学生ぐらいだろうか、やせている少年だった。とにかく言葉遣いがひどい。話の様子から見るとどうも家族の、それも両親と話しているようだったが、けんかでもしているようである。内容は彼の両親が今度病院に来るときに持ってきてもらいたいものについての話だったようだが、あれぞ罵声という言葉遣いだった。しかも叫ぶように大きい声で話しているので、回りに響く響く。廊下を行き交う人もなんだこいつは、という目で通っていく。
よく見ると彼には左腕がない。中学生ぐらいで、外科病棟に入院していて、しかも片腕がない。髪の毛も抜けてしまっていて、帽子をかぶっているのは多分薬のせいだ。となれば、おそらく彼の病気は骨肉腫のような病気なのだろう。まだ中学生ぐらいの若さで、思ってもみなかったような病気によって片腕を奪われてしまったその気持ちは、いかばかりのものか・・・。その気持ちが、両親にむかってのあの厳しい、そして激しい言葉になって出ているのだろう。その言葉を聞かれている御両親の気持ちも、これもまた言葉に表わすことのできない切なさであったろう。なぜなら、強く叫ぶようなその声は、こう言っているようにしか聞こえなかった。
「なぜ俺を産んだんだ!なぜ片腕を切り取られなければならないような体に産んだんだ!
何で俺は生まれてきたんだ!」と。
そしてその声は、私に向かってもこう言ってきた。
「神がいるなら、なんで俺はこんなふうに生まれたんだ!」と。
私はその声に対する答えを、そのとき持っていなかった。私だって、他の人から見ればあの少年となんら変わらない状況なのだ。髪の毛は抜け落ち、病気もこれからどうなるかわからない。どうしてそんな痛みを。どうしてこんな苦しみを。
もちろん、今すぐに簡単に答えを出せる質問ではないのかも知れない。すべてのことは天の御国に行かなければ、わからないことだ。もちろん、一人一人の様々な状況にあった対応を神はしてくださるはずだ。ただ今は、一つだけ、彼にこう言えるだろう。それは、生まれてこなければ、私達はキリストに出会うことはなかった、もし生まれなければ、私達は永久にこの素晴らしい御方とめぐりあうことは出来なかったのだ、ということを。
どんなに苦しくても、その状況が理解できない理不尽な痛みに満ちていても、生まれてきたことによって、私達はキリストに出会うことができるようになったのだ。それは、生まれてこないことにくらべたら、御自分の命をかけて、愛してくださる方に、めぐりあえないことに比べたら、素晴らしいことではないだろうか。私たちは生まれたことによって、このお方とめぐりあえるチャンスをいただいたのだから。
あなたにいのちが与えられたのは、愛されている証拠なのだから。
「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。」(聖書 ヨハネ15:9)
この聖書の言葉を覚えてほしい。
神は私達を被造物の最高のものだから、創られたものの中で一番良いものだから愛する、という愛ではなくて、父なる神がイエス・キリストを愛されたように、同じ愛で愛してくださるのである。
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