2013年11月2日土曜日

第18話 味のある言葉/2008.6.10

 こうげん病。あー、あの高い山に登ったときにかかる病気でしょうと思った方、それは高山病。
こうげん病、漢字では膠原病と書く。「皮膚、軟骨などの結合組織の硬蛋白質の変性を本態的病変とする疾病の総称。」と辞書には書いてあるがこれだけではさっぱりわからない。病状としてはリウマチに似ていて、腎臓などにも障害が出てくるらしい。進行すれば命にも関わる病気でもある。そして傾向としては、女性に多く、男性に少ない病気と言うことだ。

 佐藤さんは30代前半、働き盛りの男性であり、先頃結婚もしたばかりだ。最近どうも体調がすぐれないので、病院で検査してもらったところ男性には珍しい膠原病であるということがわかった。すぐに入院になり治療が始まったが、膠原病に対する治療はホルモン剤の投与だけなので多少の副作用は見られるがあとは一日中暇を持て余すことになる。佐藤さんも例にもれず、暇を持て余している様子がこちらにも伝わってくる。そんなふうに感じたのは私だけではなかったらしく、隣のベットの清水さんが佐藤さんをからかいはじめた。

「よう、最近奥さんがあんまり見えないけど だんなのいない間に浮気でもしてるんじゃねぇか。」
あまり品のいいからかい方とは言えない(からかうのに品のいい悪いのあったもんじゃないか・・・)。
「かなわないなー よしてくださいよ、からかうのは・・。」
真面目な佐藤さんは、少しかすれた声で真面目に答える。
しかし、暇をつぶすのに格好の材料を見つけ出した清水さんがそう簡単に引き下がるはずはなく
「だけどよう考えてもごらんよ、まだ結婚して5年も10年も経ってるわけじゃあるまいしさー絶対に変だよ。」
「もう嫌だなぁ清水さんは・・・。」
結局そんなくだらないからかいに佐藤さんが乗るはずもなくその場は終わりになった。もちろんそんなからかいのあったことなど奥さんが知るはずもなく、相変わらず病院に来る回数は増えなかった。

 ところがそれから目に見えて佐藤さんの様子がおかしくなってきた。なんとなくそわそわしていて落ち着かない。時々やってくる奥さんともベットの片隅で何やら小声で押し問答をしている。ある日佐藤さんが自宅へ電話をかけていたとき、それが決定的になった。
「どうして今日も病院に来なかったんだ!わけを言えわけを! やっぱりお前は浮気をしてるんだな!!。」
たまっていたものを一度に爆発させるように病棟中に響き渡る大きな声で佐藤さんは叫んでいた。

 佐藤さん御夫妻の名誉のためにはっきり書いておくが、奥さんは断じて浮気などしていなかった。御主人のいない家庭を守るために必死で頑張っていたのだ。それに御主人も服用していたホルモン剤によって、精神的にも安定していなかったと言う理由もある。しかしなんと言ってもたった一度のからかいが、その引き金になったことは火を見るより明らかなことだ。

 からかうなんてことは私達の中では日常茶飯時のことかもしれない。そして誰もがこう言うのだ『そんなの本気で言ってるわけじゃないんだから・・・。』

 でもどうなんだろう、清水さんにしたってそんなこと本気で言ったわけじゃない。ところがそんな冗談半分に言った、まるで本気じゃない言葉が佐藤さんをそこまで追い込んでしまったのだ。もしかしたら私達が軽い気持ちで言っている言葉のほうが、人を傷付けていることが多いのかもしれない。『そんなの本気じゃないよ』と自分の立場をまず確保してから、相手をからかって楽しんでるなんて なんて趣味の悪いことか。でも悲しいかな、それが大好きなのが罪深い人間なのだ。私も罪深い人間として清水さんの共犯者である。そしてこれを読んでいるあなたも。

 主は私達に塩気を保ちなさいとお命じになった(マルコ9:50)。もし私達が主によって塩気を保っているならば、私達の言葉も当然塩気のある言葉のはずだ。無味乾燥と言う言葉があるが、私達が本当に主につながっていないなら全く味の無いつまらない言葉しか出てこないだろう。主にあっていつでも味のある言葉を話していたいと切に思わされる。
「あなたがたのことばが、いつも親切で塩味のきいたものであるようにしなさい。」(コロサイ4:6a)

 さてそれからの佐藤さんであるが、奥さんが誠意ある説得を続けたおかげで少しづつその心もほぐれていき、退院する頃には以前の落ち着きを取り戻していった。それにしても佐藤さんの奥さんがしっかりした人でよかった。もしこれが感情的な奥さんだったらと思うと・・・・。もしかすると一番の被害者は奥さんだったのかもしれないな。まったくからかうなんて百害あって一利なしである。5号室の入院患者一同深く反省しています、お騒がせしてすみませんでした。

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