2013年10月31日木曜日

第一話 はじまりのはじまり/2007.3.28

「はやく行けー!」
夏休みも終わりに近づいたこの日は母の悲鳴にも似た声で始まった。

ことのはじまりはこうである。
この春に学校で血液検査をしたときに、「軽い貧血があるから病院でちゃんと診てもらいなさい」と言われたのだ。でも学校を休んでまで検査に行きたくなかった私は(信じられないことだが私は高校生活が大好きだった)、夏休みに入ってからやっと病院に行った。それに、貧血だって言われても、自覚症状があるわけでもなく、まあときどき立ち眩みがするかなーぐらいのものだったし。学校の保健の先生だって「病院に行くのは夏休みに入ってからでいいよ。」って言ってたじゃないか・・・。

 夏休みも終わりに近づいた今日は、その検査の結果を聞きに病院に行く日だった。夏休みに入って病院へ行くのはこれで2度目・・・。昨日まで、軽井沢バイブルハウスでスタッフとして手伝いをしていた私は、疲れているのもあって「今日は病院行くのやめようかな・・・」とつぶやいた。冒頭の母の叫びは、そのわたしのつぶやきを聞いてのものだ。何もそんなに声を張り上げないでも、とぶつぶつ言いながらバス停に向かった。
それは、わたしが高校三年、18才の夏。すべての始まりだった。

病院につくと、採血をし、一応の診察をしてから、「外来の患者を診察し終わったら、ちょっともう一つ検査したいんだけど」と医者に言われた。そんなこと言ったって、こちらに断る権利があるはずもない。「してもいい?」というような聞き方をするなよな・・・。

その検査というのは、マルクと呼ばれている検査で、日本語では骨髄穿刺と言われていると思う。まあ、ぶっちゃけた話し、骨にちょっと太めの針をさして、骨の中の骨髄を取って検査するというものだ。なんだもっとたいそうな説明がいるかと思ったら、たった20数文字で説明できるじゃないか。骨に針を刺すんでしょ、骨に・・・・。何!そりゃどういうことだ!骨に針をさすだって、冗談じゃない!と言えるだけの度胸は、その時のわたしは・・・もとい、今のわたしも持っていない。

初めてのマルクは、何も考える間もなく通り過ぎた嵐のようだった。気がつくと、すごいことをされてしまったという思いで、ベットの上に冷凍マグロになりながら天上を見上げて、検査の結果を待っていた。

しばらくして医者がやってきた。
「多胡君、すまないんだけど、今すぐ入院して。」
「へっ?どうして?」
「いや入院してもらって、もうちょっと詳しく検査してみたいから。」
「・・・じゃあ、いろいろ準備したいから、ちょっと家に行って来てもいいですか。」
「ダメ!」
「ちょっと家行くだけですよ!ちゃんとすぐ帰ってきます!」
「申し訳ないけど、それはできない。すぐ入院して。」

一体何なんだ・・・。少しぐらい家に行って来たっていいじゃないか・・・。訳が分からないまま入院になった。
 そうこうしているうちに、家族の者や、教会の人が訪ねてくる。考えてみれば、その時本当のことを知らなかったのは私だけだったのだ。両親には以前から成長期にある貧血ではないかもしれないと医者がほのめかしていたらしい・・・。
 この日がすべての始まりだった。
 
その日ある姉妹がお見舞いに持ってきてくださった物の中にメモ帳があった。
入院中何かとメモする物が必要なものだ。細かい配慮感謝にたえない。
ふと、メモ帳の表紙をめくると一言こう書いてあった。
「親愛なる 浩兄
 強くあれ 雄々しくあれ」

まさにこれから始まろうとする未知の世界に入っていく私にとって、どんなに大切な言葉だったかは、その時は知る由もなかった。

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