2013年10月31日木曜日

第4話 治療開始前夜/2007.4.17

マルク。ドイツの通貨単位ではない。日本語で言えば、骨髄穿刺。血液の患者には、とくにひんぱんに行なわれる検査である。検査の方法は、一言で言えばきわめて簡単。骨に針を刺して、骨の中の骨髄を取りだし調べる。これだけである。なぜ血液の病気の患者に、とくにひんぱんに行なわれるかは、血がどこで造られているのかに関係している。

 さて、血はどこで造られるか?ある方は胸を張って“心臓″と答えてくれたが、心臓は大事なポンプの役目をしているのに、血まで造らせるのは少し酷だ。“肝臓″と言う人もけっこう多い。完全な正解ではないが、ハズレているわけでもない。なぜなら、造血組織だけでは間に合わなくなると、肝臓などの一部の臓器も血を造り始めるからだ。しかし、なんといっても血液成分は、主として骨の中、つまり骨髄で造られる。したがって、血液の製造工場はどうなっているのかな、ということを調べるのがマルク、というわけである。

 などと落ち着いて書いている場合ではない。大学病院に入院して行なう検査というのは、1にも2にもこのマルクだったのである。
 ところがこの検査。痛いのなんのって・・・。マルクにまつわる話しはあげればきりがない。明日マルクをしますと言われたおばあさんが恐くて一晩中眠れなかっただとか、検査をしようとした女の子が泣き叫んでなかなか検査できないとか、まあマルクという検査がどういうものかこれだけでも伝わってくるというものである。
 私も例外ではなかった。通常マルクは腰の骨か胸の骨で行われる。私の場合どういうわけか、腰の骨からはうまくとれないので、いつも胸からということになった。それも、初めから胸でやってくれればいいものを一回腰でやってみて、できないから胸でと言うパターンが何日も続いたのである。一日に2回!これにはまいってしまった。痛さと不安で、夜になるとベットの中で声を殺して泣いていた。

 しかし恐かったマルクのおかげで、病名が確定した。
病名が確定したということは、治療方法もそれにともない決定していくということだ。大学病院に転院して5・6日経ったある日の夜、主治医に「ちょっと話しをしよう。」と病室から呼び出された。

 私の主治医は、ドクターYとドクターHの二人。この大学病院では、入院患者を二人の医師が担当する。さすが大学病院、一人の患者に二人の医師とは体制が整ってるなー、と感心する方がいると困るので説明しておくが、二人のドクターは、二人とも経験を積んだバリバリのドクターではない。一人は確かにベテランの力のある医師である。しかし、もう一人のほうは、医学部を出て試験に受かったばかりの一年生ドクターなのだ。つまり、ベテランの医師が、臨床の手解きを手取り足とり教えるための体制で、決して患者中心に考えられているわけではない。 
 
 ついでに書いておくが、私の二人の主治医は二人とも立派な髭を生やしていて、これまた二人ともなかなかにいい男だったりする。実習に来る看護学生たちは、私の主治医が髭の二人だと知ると、
「えー、かっこいいよねー○○先生!主治医なんて、いいなー!」
 ・・・・・こらこら、医者のほうに気を取られていないで、患者の心配をしなさい、患者の心配を・・・・。

 もとい、呼び出したのはドクターH、一年生ドクターのほうである。もちろんこの病気の患者を受けもつのも初めて。
なにせマルクの検査をするときに、ベットに寝ている私の耳元にそーっと顔を近づけてきて、「多胡君、マルクやるの今日初めてなんだ・・」と告白してくださった方である。
「ここじゃなんだから」と二人で病室を出て、隣の婦長室へ。偶然に婦長室が空いているからここでいいやという感じで婦長室に入っていったが、どうも今考えるとしっかり計算して、婦長室へ行こう!と決めていたようだ。例えば、イスも二つ用意されていたし、誰もいないのにドアを開けたら電気がついていたし・・・・・・ドクター稼業もなかなかに大変である。

「病名がはっきりしたので、明日から治療をします。」
「はぁ。」
「飲み薬と、点滴、注射を使います。それから、副作用が多少でるかも知れないけれど。
 例えば、吐き気がしたり、手足の指先がしびれたり、髪の毛もちょっと抜けるかも知れない。」
「全部抜けちゃうんですか!?」
「いや、全部は抜けない、少しだけだよ。それで、その治療を4週間します。」
「4週間!それが終わったら退院できますか?」
「うん、経過次第でね。」

 4週間も治療をされたら、9月も終わってしまう。高3の一番大事な時なのに・・・。どんな病気なのかよりも、退院できないということのほうが重大だ。
「まあ、明日からがんばって。」
 何気なく言ったのか、それとも明日から大変な治療を受ける私を哀れんでくれたのか知らないが、本当に歯を食いしばって耐えなければならない治療が、夜が明けるのをじっと待っていたのである。

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