2013年10月31日木曜日

第5話 副作用その1/2007.8.28

治療開始の夜が明けた。不安はあったが、いつのまにか眠ってしまったようだ。不安といったってこの時点では漠然とした不安に過ぎないのだが・・・。
 朝食後から投薬が始まった。午後からは点滴と注射。錠剤60粒以上、粉薬、水薬、点滴と注射4本、これが一日に飲んだり、打ったりしなければならない薬の量。飲み薬は食後に飲むのだが、量の多さと体力の低下で(これも副作用だけど)毎回飲むのに1時間かかった。食事をしてるんだか、薬が食事なのかわかったもんじゃない。

 これだけの量の薬を、しかも毎日毎日4週間も体の中に入れ続けるのだから、副作用はなかなかにきついものがあった。食欲減退、吐き気、口の中は口内炎だらけ、脱毛、指先のしびれ、顔のむくみ、治療後期には貧血を起こして何度も気を失いそうになり、実際廊下に倒れたりもした。絶えず気分が悪く、回りにたくさんいる美人の看護婦さんに見向きもしなくなるなんてこれは大した副作用である。

 それら数ある副作用の中でも一番まいってしまったのが食事である。多量の薬のために、食事はほとんど受け付けなくなって、食べていないのに吐いてばかり。抗ガン剤の副作用で、妊婦のようにご飯の匂いをかいだだけで吐いてしまう。仕方がないのでパンに変えてもらったりもしたが、結局食べられなかった。(だから私は妊婦の気持ちがわかる、結構貴重な男性かも知れないのである。)

 最初のうちはさっぱりしたもの、例えば果物などは食べることができたが、しばらくすると口の中が口内炎で真っ白になり、しみて食べられなくなった。まるで計ったように、毎週2キロづつ体重が減っていく。病院の食事がダメなら他のものを、と思っていろいろなものを持ってきてもらったが、治療される以前の味がしない。食べ物のありのままの味がしないのである。健康な時にあれほどおいしかったものが目の前にあるのに、同じ味がしないのだ。食べ物の味をありのままに味わえることが、どれほどすばらしいことかつくづく感じさせられた。そのせいだろうか、私は食事をとってもおいしそうに食べる食べ方をする人が大好きで、回りにいる人達も何だかおいしいなあという気分にさせるような、本当においしそうに食べる食べ方に憧れているところがある。しかし、「うん、おいしいなぁー」と感情を込めて言ってはみるのだが、私の場合はどうも今ひとつ相手にうまく伝わらないようで、わざとらしい・・・と冷たい視線を受けるのが多い。本当においしいって思ってるんだけどなー・・。

 もとい。副作用で何を食べてもおいしくなかったときに、ただ一度だけおいしいと感じたことがあった。
『幸せの黄色いハンカチ』という映画をご存じだろうか。この映画の中で高倉健氏演じる主役のこんなシーンがある。
刑務所から出てきたばかりのこの男が食堂に入って、「かつ丼とラーメンの大盛り」と注文する。やがて目の前にかつ丼とラーメンが。健さんすぐに食べ始めずに、ほんの少しの間じっとかつ丼とラーメンを見つめる。そして次の瞬間、何日も食事をしていなかったかのようにガツガツと食べ始める。うーん、この気持ちすごく良くわかるなー。病院も刑務所も同じだと言った人がいたが、入院しているほとんどの人も、やはりラーメンを食べたいと思うらしい。日本人は自由になんでも食べられなくなると、まずラーメンを食べたいと思う!!確固たるデータは何もないが、私は密かにそう確信している。
 話がずいぶん遠回りをしたが、まあ要するに私もラーメンが食べたいと思ったわけである。でも病室にどーんと出前を取るだけの勇気もなく、カップラーメンをすすることとなった。

 本当は治療中はカップラーメンなどのインスタント食品は食べてはいけないらしいのだが、とにかく今はそんなこと気にしていられない。なにもおいしいと思えなかった日々の中で、いま食べているカップラーメンはとてもおいしい。主治医の先生ごめんなさい。看護婦さんすみません。でも、おいしい。おいくし食べられるって、なんてすごいことなんだろう。

 こんなふうにおいしく食べられたのは、治療中後にも先にもこれ一度だけ。というのも、それからはもう食べること自体がとても嫌になっていったからだ。でも、あのカップラーメンによってずいぶんと元気が出たと思っているのだか、それは私のひとりよがりであろうか。神様カップラーメンをありがとうございました。

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