2013年11月1日金曜日

第15話 学生小島/2008.1.28

「これから一週間、お世話をさせていただきます。学生の小島です。」

 彼女はそう言って微笑んだ。大学病院では、看護学生の実習として付属の看護学校の三年生がやってくる。三年生は最上級生であるから、実際の現場に出て、本物の患者さんと接し、より実際的な経験を積み、卒業に備えるわけである。とくに私のような病気の患者は、格好の対象らしく、私自身も大学病院にいる間何人もの看護学生さんに身の回りをお世話してもらった。いやお世話させてあげたと言ったほうが正しいとは思うのだが・・・。
 なにしろこの看護学生と言うのがくせもので、注射をさせようとすれば腕はぶるぶるふるえるわ、ちょっと痛い検査に立ち会ったりすれば、顔をゆがめて患者を不安におとしいれるわとなかなかに手強い。

 さて、今回私の担当になった小島さんは、そんな不安を与えるような人ではなく、看護も堂々としていて、こちらも安心して任せておくことができる。おまけに飛び切りの美人ときている。どのぐらい美人だったかというと、同室の高橋君が一目惚れしてしまい、隣のベットの清水さんは
「あれ可愛いねぇ。」
と溜め息をもらしたほどの美人である。

 もちろん私だってそんな美人に看護してもらって悪い気がするはずもない。沈みがちな病院生活に突如として見目麗しい白衣の天使が舞い降りてきたのだ。いつもは早く退院したいと思っているくせに、こんなときには入院していて良かったとすら思うのだから、全くもって始末におえない。

 もとい。それから数日間、看護を受けながら小島さんと色々なことを話した。私がクリスチャンだということも、彼女が私と同じぐらいの弟がいること、どうして看護婦になろうとしたのかなど、話題がつきることはなかった。

 そんなある日、私が歯科の検診に出かけることになった。私の病棟は七階、歯科は二階である。私を車椅子に乗せて、小島さんがエレベーターに乗り込む。二階に着いてエレベーターを降りると、そこから長い廊下が続いている。秋から冬へと変わり始めているひざしの中を小島さんが押す車椅子がゆっくりと進んでいく。二人ともいつ終わるともない長い廊下の先の方を見ながら、しばらく雑談をしていたが、ふと話が一瞬途絶えた。

とその時、小島さんが
「多胡君がこんなふうに病気になっても、明るさを持っていられるのは、
 やっぱり多胡君がクリスチャンだからかな・・・ ・。」
と普段の明るい声で、しかしはっきり何かを感じさせる言い方で、私の肩越しに聞いてきた。いきなりの質問にあわを食ってしまったのは私のほうである。
「えっ・・・・。」
とほんの一瞬 間をあけてしまった。

 自分がクリスチャンだから明るいって?クリスチャンだからこんな状態でもいられるって?はたして本当にそうなのだろうか。今までそんなこと考えたこともなかったな・・・。いや、クリスチャンだから明るいっていうのは間違いじゃないぞ、うん。クリスチャンがどんな困難に置かれても平安があるっていう証しもたくさん聞いた。でも、自分はどうなんだろう。こういうときに限って、あ あのときのあの罪、あ あのときはあんなことをしてしまったなぁ・・・なんてことばかり思い出す。それにしても、車椅子の肩越しなんて、ずるいなぁ・・何てったって顔が見えないんだもの。相手の反応がわかりゃしない・・・。

「うん、でも自分はいい加減なクリスチャンだから・・・。
 私なんかよりちゃんとしてるクリスチャンの人はたくさんいるし・・・。」
 なんと情けない、これが私が小島さんに言った答えであった。そうです!私はクリスチャンだから、このような状況でも喜んでいられるんですよ、と胸を張って言えなかったのである。こんなふうにしか言えなかった経験のある人は少ないだろうと思うが、半分は本当に自分のいい加減さを思い、そしてもう半分は自分がそんなふうに見られていることが本当に主の力かどうかはっきり分からなかったというのが正直なところだ。いやもしかするとただ責任逃れをしたかったのかも知れないな。とにかく私は小島さんの問いに対する答えを持っていなかった。

 私に目を留めないで、主に目を向けてくださいとはよく聞く言葉である。しかし私を見て、私のうちにおられる主を見てくださいと言えなければだめだと言う言葉も聞く。どちらももっともな意見であり、本質的には違いがないと思うのだが、なかなかそのバランスをとっていくのは難しいことだと思う。もっとも私のように自分を見てしまっていたのではそれ以前の問題だけれど・・・。

 一週間の研修が終わり、小島さんも他の病棟に移っていくことになった。最後に小島さんが
「日常生活について 学生小島」と題した手作りのノートをくれた。そこには十数項目に及ぶ日常生活における注意が書いてあり、そして最後にこう書いてあった。

「以上のようなことに気を付ければ、あとは普通に生活ができます。
 多胡君スマイルで元気いっぱいです!」
・・・なんだかずいぶん色々なことを考えさせてもらった小島さんとの出会いであった。

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