2013年10月31日木曜日

第13話 真夜中の退院パーティー/2007.12.1

明日は高橋君(仮名)の退院の日だ。その最後の夜、5号室の仲間で高橋君の退院を祝おうということになった。今まで色々な人が退院していったが、皆で退院を祝おうなどということになったのは長い入院生活でも高橋君が最初で最後だった。もっともいなせな大工の清水さんと長老の私が勝手に決めてしまったようなものだが・・・。

 もう時間は9時を回っている。消灯時間は過ぎてしまっているので部屋の明かりを消して、それぞれの読書灯をつける。明かりがもれないように部屋のドアはしっかり閉め、静かに7階から1階の自動販売機にジュースを買いに走る。それぞれがお見舞いにもらったお菓子などを出し合い、ジュースが到着して準備OK、パーティーの始まりだ。みんなから色々な思い出話が出てくる。みんな共に病気と戦った仲間なのだ。

 高橋君は腎臓の検査値に異状が認められたので、精密検査のために入院になった。腎生検という腎臓の組織の一部を取る検査を行ない、一週間ぐらいベットから動けなかったのでみんなとコミニュケーションをとりずらかったが、動けるようになったらすぐにみんなに打ちとけ、可愛がられた。結局これといった病名が分かったわけではなく、引き続き経過を見ていきましょうということになり今回の退院になったわけである。

 ときどき看護婦が夜の見回りにやってくる。ドアを開けて中をのぞいたら、寝ているはずの病人達が飲めや歌えの大騒ぎ・・・もとい みんなでジュース片手にワイワイやっているではないか。しかし「消灯時間はもうとっくに過ぎてるでしょ、早く寝なさい!」とは言わない。みんなに異状がないのを確かめて帰っていく。決してパーティーをしていることを責めたりはしないのだ。そのかわり我々も大きな声を出したり、明かりを光々とつけたりしないでいるのだ。(部屋の明かりがついていると管理室から病棟に電話がかかってきて、看護婦が注意される。)
お互いに持ちつ持たれつの麗しい関係である。

 「なんだか退院したくないなー。」と高橋君。考えてみればおかしな発言で、入院生活などは長くするものではない退屈な日々のはずだ。ではなぜ高橋君はそんなことを言うのだろう。いや実を言えば高橋君だけではなく、他の人も同じ様なことを言って退院していく。そしてなんとなくではあるが私もその気持ちが分かる一人なのである。どうしてだろうと考えてみる。勉強や仕事から開放されるから?美人の看護婦さんに二十四時間世話をして貰えるから?注射や薬が大好きだから?どれも当たらずも遠からずといったところだろうか。
 あるいは入院患者の間にお互い病気を抱えた病人なんだという意識が知らぬ間に働いているのかも知れない。ここに入院している人達は ある人は銀行員、ある人はラーメン屋の主人、またある人は大工、会社員etc・etc・・・。全くの他人の集まりなのだから、衝突などは当たり前、相手のことをよく理解するのも難しい、普通だったらバラバラになってしまうだろう。ところが実際はどうかといえば、危ないながらもなんとかやっていっている。もしかしたらお互い病気のある病人なんだという意識が、どこかでブレーキを掛けるのかも知れない。そしてそこに普通の集まりとは違うということを感じとるのだろうか。相手と自分が同じ立場だというところに安心するのかも知れない。ふっと私達と同じレベル、同じ立場になってくださった主を思い出す。
しかしなんだかんだといろいろ考えてみたが、結局名解答は得られるはずもなく、パーティーも終演に近付いていくのであった。

 次の日の朝、つまり高橋君の退院する朝、私と高橋君でかねてから計画していたあることを実行に移すことになった。今日を逃せば高橋君は退院してしまう、二人にとってラストチャンスである。その計画とは、退院する前に1階にあるレストランへ行ってラーメン・セットを食べようというものだった。

 たかがラーメンと笑うなかれ、いつも病院食の入院患者達にとってラーメンは恋慕う対象であり、離されれば離されるほど思いの募っていくものなのだ。まるでロミオとジュリエットのように。

 もとい、いよいよ決行である。エレベーターで1階に降りるとすぐにレストランがある。夜勤明けの看護婦やドクターのために朝7時ぐらいから営業されている。勇んでレストランに入り、セットメニューはトーストとラーメンの2種類と確認、意気揚々と「ラーメン・セット2つ!」と注文した。ところがけげんそうな顔をした店員のおばさんが一言「ラーメン・セットは十時過ぎからなんですけど・・・。」

 うーむ、しかし冷静になって考えてみれば当り前で、朝っぱらからラーメンを食べてやろうなんて輩はさほどいるはずもなく、広い大学病院の中でも私と高橋君だけだったらしい。
このまま帰るのもしゃくにさわるので、動揺とショックを隠して、いかにも平静を装い、「じゃ、トーストのセット2つね。」と食べたくもないトーストのセットを注文するはめになってしまった。
ロミオとジュリエットのように、私達とラーメン・セットもついに結ばれなかったのである。

 お昼過ぎ、高橋君は元気に退院していった。高橋君は、高校1年生。その時高3だった私にとっては、半年近い大学病院への入院中唯一の同年代であった。

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